サービス業ではない学習塾
学習塾というのは教育産業の一業態なのだが、その管轄官庁は経済産業省である。
つまり「サービス業」に分類される。
よって、文科省からの補助は受けられない代わりに、口出しをされることもない。
さらに免許も不要である。
教えるということに免許が不要というのは少々怖い気もするが、実情はこと受験科目に限って言えば、学校の先生よりも上手いとされる。
学校内に塾や予備校講師を招いて園内塾を設置する学校があるし、塾講師を「先生の先生」として招聘している学校もある。
これは実際に奈良県のある私立難関校で起こっていることで、そんなことでよろしいのですか?とお伺いを立てたいくらいだ。
少人数・双方向を貫く理由
さて、本題に入りたい。 私は世間並に言えばもうリタイアして普通の年齢である。 だが、まだ現役で塾をやっている。 自営だから可能な話なのだが、やっている理由は他にもあって、一人でも二人でもいいから、本当に丁寧に指導をしたいと思うから続けているのである。 これは負け惜しみではない。仮にたくさんの入会希望者が来ても私は全員を見ることができない。
その時のコアになる最高学年が週3回(もしくは4回)のセットを組んでしまう。 各授業は2時間。最終午後8時終わりと決めている。 すると週3回組(もしくは4回組)はふた組しか入らない。 1クラスは3人制なので、最大で週のうち多くて3人クラスが2つとなる。
そういう意味では現時点で空きはあと1から2名という計算になる。 ホームページで出している以上、募集中であるのだが、なんとしてでも空きを埋めようとは思っていない。 要は自分の推す方法論で授業を展開したいからである。
点から線、線から面、そして空間へ
今の6年生は3年目なので、ここにきてやっと私とのラリー(発問と応答)ができるように育ってきた。 数で押しまくって圧を掛け、その威力で勉強量を確保しようとする一般の塾(塾といえるのかな?)と違って、ぬるいと言えばぬるいかもしれないが、授業をまともに受ければ頭の中はフル回転する。 問答が非常に多いので、多方面に知識が広がってゆく。
私はそれがあちこちで反応して、知識が点から線へ、線から面へ、そして面から空間へと膨張していくことを願っている。
そしてもう一つの狙いは、話し言葉の修練…というか会話力をつけることである。
言葉は「見て」、「聴いて」、「書いて」、「発声して」初めて上達してゆく。
だから当節の優秀児は、難文は読めても話し手としては非常に幼稚な語彙しか持たぬ子が多い。
紙の上の語彙は、会話では威力を発揮しにくいのである。
「アクティブラーニング」の欺瞞を突く
「アクティブラーニング」という方法論がもてはやされているが、今まで散々「聴かせる」、「書かせる」だけの授業を繰り返してきて、よくぞそんな変身ができるものよと呆れてしまう。
「自ら問題点を発見する力」?…いやいやその前に講義内容に積極参加させる方が先決でしょ。
生徒に任せたら碌なノートにならないので、先生が書き込み式のノートを作って、授業中にその空欄を埋めさせる…。 そんな授業を受け続けてきた生徒が「自ら問題点を発見する」などあるはずがない。
多人数の中に目立たぬように埋もれて無事にやり過ごす…これが優秀児達の実態である。
そして学校が終わればさっさと「教育サービス業」である「塾」にまっしぐら。
私は、子供達にこういう現状を打破してほしいわけです。
自分なりの勉強法を確立していれば、学校外で教育サービスをうける必要性は断然に減るはず。
学校もそこにこそ気付いて改善するべきだが、もはや学校外教育サービスを是認・黙認し、あてにしている節がある。
大学進学実績がそうではないだろうか。
あれは本当に学校が「実績」として胸を張って表に出せる数字なのか?と問いたい。
そんなわけで、私は私なりの「アクティブラーニング法」で以て授業をやっているわけである。
この数十年で定着してしまった、「大手塾の勉強法」が実はあちこちで問題を起こしていることに憂いを超えて憤りさえ感じている。


