卒業生と街角でばったり!
そろそろ会う頃だなぁと思っていたら、案の定ばったり会った。
出会った時小学4年生だった彼は、今や2児のパパ。一家お揃いでランチに出かけるところだったようだ。
軽く近況報告を交換し、またの再会を約して別れた。
彼は、いや彼のいた学年が私の理想としていた個人塾の形を作り上げてくれた学年だった。
私は「塾は子供が作る」と確信しているのだが、まさしくあの段階での完成形をあの子達の学年が作ってくれたと思っている。
当然、彼らは塾に対する帰属意識が非常に高く、中学に入ってからも自習という名目で後輩の面倒をよく見てくれた。
その中でもS君は特によく塾に貢献してくれた。
目標としていた学校に入学もでき、色々な意味で充実していたのだと思う。
その彼が、思い通りの進路にも進み、結婚し、今やお父さんである。
その姿を見て、年数を経た実感がしみじみと湧いた。
そんな偶然があった日、考えるところあって我がサイトを見ていた。
で、ほんの少しだが修正を入れることにした。
そうだ、今の自分、これからの自分を考えた時にそれも明確にしておこうと思ったのである。
それを言葉にしたら大したことはないのだが、私の中で何かいくつかのひっかりが見事に流れ落ちて言った。
「Kuma塾 上本町 中学受験専門塾」としていたのだが、
「Kuma塾 中学受験専門 私塾」と変えたのだ。
相談相手にこう言われた。
“サービス業としての学習塾ではない”と。
それを全否定はできないのだが、ある意味もうこれを言ってしまっても良い時期に来たのかもしれないと感じたのである。
サイトを出しているのだから新規の会員は募集しているのであるが、元々がごく少人数制である。
仮に多めに来てくれても自分が思うようなことはできないのである。
ならば増えなくても同じやり方でやればよい、と。
それを確信させてくれたの、現会員のある男子である。
彼の授業は形式上は、1:1の個別なのだが、
私はこれをサイトで謡っている通り、「双方向講義」でずっとやってきている。
この子との授業はまさに私のイメージの中にある「発問と応答の応酬」なのである。
私が一方的に教え込んでしまうのではなく、彼は解法に言及してくるのである。
「そこはそんな風にするのではなくて、こうしたらだめ?」と食い下がってくる。
それを見事とほめて採用するときもあれば、一瞬でシャットアウトするときもある。
シャットアウトされた時、この子は「〇そー!」といっているのである。
全然OKだ。どんどんかかってこい!と思うのである。
これを皆にやってほしい。意見をぶつけ合う楽しさと深い思考を是非経験してほしいのである。


